相続ドロドロ

いやー叔母の死を悲しむ暇なく…



どうやら熊本に住む叔父に、私たち家族は叔母のお金を食い荒らした人たち



すなわち「ハゲタカ」のように見えているらしいです。



どっちがですか?



と言いたいのですが




叔母の残した現金や通帳を渡せというので、全部渡すと



他の親戚に



「妹家族(私たち)はとんでもない家族だ!遺産の件は弁護士を雇って話し合う」と息巻いていたらしい。



何馬鹿な事いってんだろ。



親戚が「で、下ろしたお金ひなたさんが使い込んでいたんですか?」って聞いてくれたら



「いやそのお金はある。」



「通帳とかもないんでんすか?」と聞くと



「いや、それもある」



「じゃぁ何が問題なんですか?」と聞いてくれたらしい。




「姉の遺産が少ない。現金とか一千万しかなく妹家族(私たち)が使い込んだに違いない」と。




叔父の頭では2~3千万円は残っているはずと。





こうなったのも、亡くなった叔母が熊本の叔父を警戒して



「お金の事はひなたさんに任せている」って言ったからなのですが。



もう、たまらん。



叔母が私に通帳を預けたのは亡くなる一ヵ月前で。



現金にしておいてと言われて少しずつ下ろしておりました。



印鑑がどれか忘れたのでキャッシュカードで下ろしてって。



それもみんな叔父に振り込んだのですが。



「足らん!」と、怒っているそうな。



生前叔母が




「あの人(熊本の叔父)には一千万円以上渡してるから、あんなたの分はないよって言ってるから大丈夫」




なんて言っていたけど。




葬儀の時から私にまとわりつき「通帳を送ってね」と言ってる人ですからね。



ったく。あんたがもらってんじゃん。私は知らん!!!




本当にもう嫌だ嫌だ。



話もコロコロ変わって、語気も荒く気がめいります。



で、ICレコーダーを買うことにしました。



「言った、言ってない」の話で困っているから。




しかし、叔父もなかなか卑怯な人間で



今度行われる納骨(しぶしぶすることになった)の時に



唯一の親戚に時間を知らせるふりをして、「遅い時間い変更になったので



あなた達は遠いので参加してなくていいよ」と遠ざけようと細工をしていたそうな。



熊本の叔父の行動を不信に思っている親戚が私に「ぜひ参加するからね」と



協力してくださっているので頼もしい。



亡くなった叔母よ、さぞかし悲しいでしょうが、貴女が何も書き残さなかったからだよ。



みんな生前の叔母の言葉を知っているのだけど、何の証拠もないからね。



早く決着つけて欲しいですな。



んーこんなことが起こるなんて。本当にいらん労力を使いますよ。



みなさんもちゃんと書き残すかしたほうが良いですよwww
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# by hinatapowers | 2015-09-06 10:13 | 日記 | Comments(2)

叔母を送る その2

続くと書きましたが…


通夜と葬儀では書ききれないくらいいろんなことがあって。



書こうかと思ったのですが、嫌になったのでやめます。



今は静かに叔母を送ってやりたいから。



でも数少ない親戚が…理解してくれているだけありがたいし



何といっても、熊本の叔父が長男であることには変わりなく



それを踏まえて行動をすることにしました。



まぁ私たちも今まで、何も知らずにきていたので



お寺さんにお話を聞いたりして勉強させてもらいました。



私たちは29日に叔父が熊本に帰るときに、お骨も一緒に帰るものと思っていたのですが



叔父は、みんなに黙ってお骨を叔母の買ったお墓に納骨して帰るつもりでした。



しかし、古いお骨があったので叔母のお骨が入らず断念してお骨を置きに帰ってきたのでした。



いろんなやり方や風習があります。



親戚は納骨の時期が早すぎる!と怒っていましたが、



すぐに納骨したり、四十九日が終わってから納骨したりなど決まりはないそうです。



でも四十九日って大事なんだなぁと恥ずかしながら初めて知った次第です。



まぁ叔母のお骨が自宅に戻っただけでも良かったのかも。




今回の事でいろんなことを勉強させてもらっています。



今度9月に叔父がもう一度来るそうです。その時に納骨するらしいので



その時は母たちや行ける親戚たちも一緒に行けそうです。



その後の四十九日の事は叔父の頭にはないようですので



静かに私たちだけでさせてもらおうかなと考えています。




いやはや…これが落ち着いたら。叔父が弁護士を通じて遺産の話をするそうな。



叔父と母の二人だけなので司法書士でいいのでは?…と提案したら、



どうしても弁護士を入れたいらしいのでお任せすることにしました。



しばらく疲れそうな予感です^^;
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# by hinatapowers | 2015-08-30 22:52 | 日記 | Comments(2)

叔母を送る その1

8月27日に叔母は逝きました。


28日に家に帰る予定だったのにね。
27日に容体が急変して、病院から呼ばれました。
朝、8時過ぎ…熊本の叔父にも「危ないそうだよ」と連絡して。
(熊本の叔父はむち打ちで入院していましたが
結構、いろいろな事で連絡があったのでちょこちょこ一時帰宅をしていた
一応退院して駆けつけようとしているらしい)

私たちが病院に駆け付けた時は、叔母とまだしゃべれる状態でした。


「今日は特にきついなぁ」と酸素マスクをしてハァハァと息を苦しそうにしていました。


もう、命の火が消えようとしているのが、私にも分かりました。


息子は叔母の顔を見ると涙が止まらなくなって部屋に入れませんでした。


そして12時過ぎ、ベットの上の方に体を上げたいというので妹と体を上げてやると


汗をびっしょりかいていました。


「着替えさせてもらおうか?」と言うと


「うん」と言うので


ナースコールで看護師さんに体を拭いてもらい着替えをさせてもらっていたら



突然呼吸が止まったようで、呼ばれました。



慌てて部屋に戻った時は、最後の呼吸をしている所でした。



息子が叔母の手を握り「大好きだよ」と何度も何度も。



そして、皆から見守られながら息を引き取りました。



「最後に着替えさせてもらって気持ちよかったね」と。





・・・7月27日12時12分 主治医が死亡時刻を宣告されました。







…ここで、熊本の叔父に電話すると、まだ熊本の自宅にいる様子。



どうやら葬儀の手配をしているようでした。




叔母に「家に帰ろうね」と話しかけていたのですが。






どうも、熊本の叔父が葬儀社の人に「遺体はそのまま葬儀場に!」と指示したようで。



私達一同「え?家に帰さないの?」と。



それからが大変。



主治医も亡くなった叔母の前で「家に帰してあげられなくて、ごめんね」と言って下さったのに。



葬儀社の電話番号を聞いて「いったん遺体を自宅に寝かせてあげたい」とお願いすると



「良いですよ」と言われたのですが。



叔父に「叔母を一度家に帰したい」と言うと



「坊さんが5時に斎場に来るっちゃけん、遺体を早く斎場に移せ!!!!」と。



電話先で怒鳴られました。



親戚も「えーそりゃないよ」と。




ここから…叔父の本性がだんだんと表れてきたのです。




そして、「17時から通夜をするっちゃけん!坊さんも17時にくるんやから」と言われて、皆びっくり…。




「え?さっき亡くなったし、昼すぎなのに今日通夜?」




葬儀社の方も叔父と私たちに振り回されているようで大変。




遺体を家に帰す帰さないの押し問答。




で、親戚の一人が「おじさんは今高速に乗ろうとしてるんやから



こっちにつくまでの間に少しでも家に帰してあげよう」



と、たった30分だけど



叔母は念願の家に帰ることが出来ました。



生きているうちに帰してあげられなくて御免ね…。



でも、お別れをする暇もなく私たちは喪服を取りに帰らなくてはいけなくなりました。



叔父が「俺が手配してるのに、皆さんに連絡してるんだから時間が狂うと迷惑がかかるやろうがっ!」



と、電話先で怒鳴ります。



とにかく葬儀社の方も「熊本の弟さんがえらく急いであるんですよねぇ」と。



私は葬儀社の方に「ご迷惑をかけてすみません。叔母を家に帰すことができたので



あとはすべて叔父の言うとおりにして下さい」とお願いしました。




続く。
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# by hinatapowers | 2015-08-29 08:56 | 日記 | Comments(2)

タイムリミット

もう叔母には時間がありません。


主治医が


「たったひとつ心残りは家に帰してあげれなかった事です」と


母を呼んで言われたそうです。


母が決心しました。


28日なら受け入れられます。と。


叔母が28日に帰りたがっていた家に戻る予定です…。


多分、その日に逝ってしまうかどうかの瀬戸際みたいです。





で、熊本の叔父が大反対しています。


「死にそうな患者を放りだすのか!」と「病院にいるのが安心だろう」



「そんな状態で家に帰してどうするんだ!死ぬのを待つだけじゃないか!」



「21日の話と違う!」「転院も視野にいれろ」



あす主治医に言うそうです。 愚かな叔父。



叔母の状態を理解していないからこんな言葉が言えるのです。



私たちは最後に家に帰してあげたい。あんなに帰りたがっていたんだもん。



そして叔母が亡くなったらいうんだろうな。



「お前たちが殺したんだ」ってね。






一番残酷なのは身内なんだと知りました。





おばちゃん、もうすぐ家に帰れるからね。一緒に帰ろうね。
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# by hinatapowers | 2015-08-27 00:04 | 日記 | Comments(4)

まさかの…(-_-;)

いろいろございました。

叔母はステロイドで症状を緩和している状態です。
21日に主治医と叔父と母が話し合うはずでしたが
どこがどうなったのか、時間が急に早まったり、叔父が交通事故を起こしたり
結局主治医・叔母・叔父・私の息子(急遽代理で参加)の話し合いになりました。
息子が録音していてくれたので聞いてみると。

主治医はステロイドは約3週間程度効くが次の治療まで効果が持つかどうかは分からない。

という事で、27日か28日に再度ステロイドの治療をするがそれが効果が出るか分からない。

だから、家に帰りたいなら今(8月22日から)。


と、主治医が説明しているのに、叔父は「今暑いから退院は9月に入って」と言う。
それを聞きながら人の話きいとるんかい?と思ったけど。
まぁ、母が叔母の家に行くにも今月末からしか行けないのでそう言ったのかもしれませんが
なんとなく、


「今帰らないと、もう帰れませんよ」



言っているような…気がしたんですけどね。
で、叔父は母が商売を休んで叔母の家に行くことを知っているんですね。
「妹も商売しているから…姉の家に来るにも準備が」ってはっきり言ってたし。




で、それから叔父は交通事故(玉突き追突の真ん中)の診察をしに行ったっきり…
母たちが病院に行くから待っててねって言っていたのに、
叔父も「診察して戻ってくる」って言っていたらしいのに…



しばらくして「俺、気分も悪いし、車に乗って帰るけん」と叔母に電話をして熊本に帰ったそうな。


気分が悪いのに車に乗って帰れるの?
「熊本のおじちゃん帰ったよ…」と息子は唖然…。
母たちも慌ててやっと病院に到着するも叔父は帰った後。
色々と今後の事も話そうと一生懸命やってきたのに。待ってるって言ったのになぜ帰る?
母も電話するけど、叔父は出らず。

土曜には叔母から「熊本は入院したよ」と聞かされる。


で、日曜の夜。



叔父から母に電話が。
とにかく最初から感じが悪かったらしい。
「入院したらしいね」と言うと「土日で入院やらできんよ、月曜から入院する」と。
「だけんしばらくそっちに行けんけん」と。
話し方に険があり、何か変だなぁと話していた母。
で、いきなり叔父から「あんたはどうするとね?」と。
「どうするも…お客さんに言っていったん店を休業して姉さんの家に行くつもりよ。」


叔父は、母が行くって知っているのに何でこんなことを聞いたのか…。

「旦那(うちのオジジ)はどうするとね」と。「一緒に連れて行くよ」と言ったら


「そうね、俺はあんたの旦那がおる間は姉の家には行かんけんなっ!」と。



そう、父と叔父夫婦は20年前位にいさかいがあって。ずっと根に持っているらしい。
お互い言い方の悪い二人。熊本の叔母もオーバーに泣いたり曲者だしwww



何だか変な方向に行っちゃってるよ?


すると、叔父は次の日の朝入院中の叔母に電話をして
「なんであいつを家に入れるのか」といきなり噛みついたらしい。
かなり色々言われたようだった。


死ぬか生きるかの病人によく言うわ。ひどいよー。
叔母も落ち込んで…「そんなにしてまで来てくれなくていい」とか
「あの時は、あなたの夫の言い方も悪かった…」とか
「やっぱりあなたの夫とは住むのは難しいかも…」まで言い出して。
24時間誰かがついておかないと退院できませんよって言われたから
母も店を休んで行くつもりなのに…。
母もがっかりしていて、叔母を慰める気力もなかったそうな。




父を叔母の家に入れたくなかったら、叔父よ、自分が来いやっ!!!!





でもね、思った。




学んだ。





憎しみは何も生まない。





今回の事で私は学んだんだ。私の父への気持ちもそうなんだけどね。




許さなくていい、忘れよう!




多分、叔母は長くない。葬式も色々あるでしょうよ。
でもね、母に言ったの「叔母が気持ちよく逝けるようにしてあげよう」って。
「恩返しはしておこうよ」って。




叔母のために…ね。



しかし、最終的に兄妹喧嘩になるとは…まだいろいろ起こるんだろうなぁ。
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# by hinatapowers | 2015-08-25 09:35 | 日記 | Comments(0)

叔母のその後

なんとか…だましだましの治療をしている状態です。
いつそれが押さえが効かなくなり、危ない状態になるかはわかりません。
今は普通の会話もできるので、色々と片付かないといけない事を進めています。

いろんな本を読んで、叔母が苦しまないように旅立てれば…と思っていましたが
それは簡単なことではなく、かなり体もキツイ思いをしながら、
できる限りの治療を続けている状態です。
一応、治療は本人の希望したことなので。
主治医も「最低限のできる限りの治療としています。延命治療ではありません。」おっしゃって。
強い抗がん剤は使えないので、今の叔母に使える優しめの抗がん剤を使用し
ステロイド剤も併用しています。
数値も高いながら、徐々に低くなりそれを維持してなんとか持っている状態らしいのです。
それでも白血球の値はあまり良い数字にはならず。
叔母も弱気になりつつも、退院して私の息子と住むという計画を立て
それを楽しみに頑張っています。

それでも、むくんだり、歩けなくなったり…。
「キツイし、もういいかな」なんて言ってみたり。
本人の気力頼みかもしれません。


叔母は食欲がなくあまり物を食べません。
「だって病院の食事おいしくないんだもん、食欲ないし」と言います。
「ちょっとでも口から食べんといかんよ」と励ましつつ。
「体がダルくて足が痺れるし、歩けんとよねぇ。」と苦痛を訴える叔母の腕は
血管が細いのか採血や点滴の針刺し痕であざだらけ。
どうにか、おしっこの管が外れ車椅子に乗ってトイレには行っています。
でも、看護師さんの介助もひつようです。立ったり座ったりが一苦労。

今は緩和治療になっているのかなぁ。

しきりに「家に帰りたいなぁ」というので。

一度は家に帰るような感じに話が進みつつあります。
なにせ一人暮らし、病院を離れたら24時間誰かが必要になります。
家族で話あって退院の時には私の両親が叔母の家に行く事に決めました。
というか、母が行けばオジジ様がもれなくついてくるって感じなんですけどね。

もしかして、正直ここで家に帰ることができなかったら…
叔母は、もう自分の家に帰ることはできないのでは?と思っています。
ですから、主治医も家に帰る話をしたのかなと思ったりしてます。
息も浅く…水が溜まっているのかなぁ。
食欲もあまりないので、退院してもすぐに病院に戻るのではないでしょうか。


本人も、もし今度悪くなったら…治療はしないと言っています。


叔母に以前「死学 安らかな終末を、緩和医療のすすめ」という本を貸したんです。
ベットの枕元に置いてあって、読み返そうと叔母の家から持って帰ってきました。
読もうと本を開くと…ポトリと便箋が落ちてきました。
息子が小学校の時に叔母宛に書いた手紙が挟まっていました。
遊戯王のカードをもらったお礼の手紙でした。今度は冬休みに行くねと。
たわいもないの息子の手紙がなぜ挟まっていたのかは分かりません。

去年、退院した時に1ヵ月息子と住んだのが楽しかったのでしょうね。
今度も退院したら一緒に住もうねと、息子と約束していました。
「二人でさ、ひっそりと暮らそうね」って。
息子が「なんでひっそりと暮らさんといかんとよ!」って突っ込んでいましたが。

まだまだ逝かないで欲しい。でもその日は近づいてきているのだなぁ。
人間いづれは死ぬものです。
お別れの日まで、しっかり恩返しをしたいと思います。


あ、そうそう。もう一人お方は…なんと、自転車に乗って病院までいかれましたよ。
そして、この炎天下の下汗だくになり、病院でクーラーの風に当たり風邪をひくという。
で、帰ってきて「頭が痛い、熱中症かもしれん」と母に訴えて。
熱中症というご自分の診断で部屋にクーラーをつけ、「寒い」と長袖を着、
電気式毛布のスイッチをを入れているという、訳の分からない事をして元気にされております。


不公平な感じがするけれど、これが現実。
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# by hinatapowers | 2015-08-15 21:46 | 日記 | Comments(4)
実は急に叔母の容体が悪くなり…たった2週間で急激に悪化したようです。
それは信じられない程の具合の悪さで。
3月にはPETを受けて、あと4年は大丈夫と太鼓判をもらってと言っていたのに。
でも、ずっと調子が思わしくないと言っていました。
どこがって訳ではないらしいのですが、おなかの調子が悪いとか手や足がしびれるって。
それは抗がん剤の後遺症だの、年齢的なものだと言われ
定期的に病院にもかかっていたんですけどね。

肝臓がんなどで数値の上がるLD(LDH)が
6月に計った時には212だったのが、一ヶ月で一気に4315に。

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正直、主治医も驚いていました。


そして、何もしなければ一週間と言われ、まさかこんなに早く?と驚きを隠せませんでした。
今、本人の希望で抗がん剤治療を始めましたが、これが吉と出るか凶と出るかは
分からないそうです。
治療しても望みがないならば緩和ケアも考えていたんですけどね。
でも叔母が「これでダメなら、それも運命!私抗がん剤する!!」と言うので
最後の望みを託して…。うまくいけば家に帰られるくらいには回復するらしいのです。
もう一度、少しの間でも良いから元気になって欲しいと願っています。


あ、もう一人の方は、超元気!あれれ??ですよ~世の中そんなもんなのね^^;
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# by hinatapowers | 2015-07-30 09:58 | 日記 | Comments(6)

対照的

父は死ぬことをとても怖がっているけど
叔母はあまり怖がっていない。
多分叔母が、命を落としかけた時に眠るように逝ってしまいそうだったから。
「あんな死に方なら怖くない」という。
本当に命の灯が消えていくような感じだったなぁ。
「いつ死んでもいい」とか「死にたい」という割には父は怖がっているのが分かる。
でも叔母は毎日楽しげだし、父とは対照的で面白い。

私は父は好きではないけど。
ただ許せることは、一人でトイレに行く事。
トイレを汚しても、一人で歩いていくだけ良しと思う。


先日、父はPETを受けて(自分がどんな状態か知りたかったらしい)
私たちはPETを受ける意味があるのかと思ったのですが、
どうしても受けたかったみたいなので、黙っていました。
妹と結果を聞きにいくはずが、先生の都合で時間が合わず父が一人で
聞いてきてまたもや「あの状態では半年やろうな」と。
まぁ、先生も「何もしなければ半年~1年」と言っていたので、あながち
間違いでもないんですが。


いつかその日が来るために、今「平穏死」という本を読んでいました。
私も口からものが食べられなくなったときは眠るように逝きたい。
父もできることなら、家で見てやりたいと思ってはいます。
好き嫌いは別として。そういう看取りができるといいなぁと思うんですよね。
多分大変だと思うのですが、そういう点では癌というのは勝負が早いかも。
認知症とかはたいへんですけど。
いらん延命はしないでほしい。周りも準備が必要なんだなぁと思う今日この頃。
そして、いつか自分もだけどねww
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# by hinatapowers | 2015-07-11 15:53 | おとん・おかん・息子 | Comments(6)

ぶれない君が好き

先日久しぶりにTVで半田健人君を見た。
もう30歳になっていたよ。
早いもんだ。

歌謡曲を熱く語る君の姿…やっぱり素敵だなぁ。
ぶれない人ってカッコいい。

つい…買っちゃったよ。
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これ、こだわってLPもあるんですねぇ。
レコードかー懐かしいなぁ。貸しレコードという商売もありましたね。
テープにダビング(違法?)をする業者もいたっけ。
息子にレコードとか言っても通じないだろうな。

でも、健人君に尾崎紀世彦さんばりの歌唱力があれば文句なしなんだけどね。
声は良いのだけど…そんなに歌は上手だとは感じないのよネ^^;

しかし、わが道を行く健人君変わらずにいてほしいよ。
全然タモリ倶楽部にも出ないし…。露出は減ったけど。
ますますカッコいい30代を過ごしてほしいものだー。
陰ながら応援しております(^o^)丿
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# by hinatapowers | 2015-06-03 15:11 | 日記 | Comments(8)

ぼーの!

先週は本当に大変な一週間だった。
色々考えさせられる出来事でした。
まさかまさかでどん底へ突き落とされて。
寝耳に水だったから、ただただ驚くばかり。
でもいろんな人に守られていたのかと知り感謝感謝でした。
本当に有難いと思いました。

解決の糸口も少しだけ見えたから良かったのかな。
これからが大事だけど。



今日はあるやり方を使って ぼのぼのくん♪
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どう?似てるでしょ?
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# by hinatapowers | 2015-05-04 17:58 | バルーンアート | Comments(4)

いつも笑っていたいなぁ。 


by hinatapowers